言語同断・笑止千万・諸行無常・・・・・・
ゾロは錘を振りながら心の中で唱える。
荒唐無稽・酔眼朦朧・是是非非・・・・・・
朝日が昇り始める中、心の中で唱え続けようとする。
『実はオレ、すっげえHなもんを持ってるんだけどよ、明日のパーティの後でクソマリモにHなバースデープレゼントとしてくれてやるぜ。』
・・・・・なんだそりゃ!
目はギラつき、額にも錘を持つ腕にもビキビキと血管が走る。
すっげえHなもんといえばテメエだろ。
テメエをプレゼントしてくれるのかよ。
そりゃ確かにこれ以上ないHなバースデープレゼントだぜ。
くれるというからには表も裏も内側も余すとこなく舐めつくして喰いつくすが、テメエの笑顔も欠けたりしねえぐらいの覚悟があるんだろうな。
俺がテメエを犯してもあんなアホみたいな笑顔見せてくれるんだろうな。
それとも昨夜みてえなベソかきながら貫かれて悦ぶのか。
ポタタタタタ。
「クソッ!」
鼻から血が垂れ流され、ゾロは苛立ちのままに握りしめた拳で自らの頬を殴った。
また忍び込んだ妄想に心を奪われてしまった。
鍛錬の最中に妄想して鼻血を出すなんてありえない体たらくだ。
鼻にティッシュをねじ込み息苦しい状態で鍛錬を再開する。
結局昨夜から一睡もすることが出来なかった。
一度は全部を忘れてさっさと寝てしまおうとした。
だがそれは睡眠が出来ないという生まれて始めての事態に驚愕し、更なる醜態を重ねただけだった。
寝静まった深夜のGM号で座禅を続けても、邪念を払うことさえ出来ない。
それどころか甲板では聴きとれるはずのないサンジの寝息をいつの間にか精神統一して探っている始末だ。
ゾロは考えた。
問題なのは邪念が生み出した妄想に振り回される己だ。
上陸して真っ先にすることが処理の相手探しという無様な姿といい、今の俺は完全に邪念相手に後手後手に回っている。
クソッ、なんつー精神力の弱さだ。
心に隙があるから妄想ばかりを生み出すことになる。
大剣豪や鷹の目どころの話じゃねえ、阻む敵は己じゃねえか。
ゾロは夜明け前からいつもに増してスピードを上げて錘を振り始める。
今までサンジやナミに貶されるほど想像力が貧困だったゾロには、最近の自分が生み出す豊富な想像力に対抗する術は結局鍛錬だけだ。
そして先程のようにゾロは忍び込む邪念と熾烈な闘いを繰り広げていた。
心頭滅却すれば、火もまた涼し。
どんな困難も、心の持ち方次第で苦しみとは感じなくなるというならば、
どんな煩悩も、心の持ち方次第で煩悩とは感じなくなるはずだ。
そうだ。浮かれるな。勘違いをするな。
ゾロは期待しそうになる自分を落ち着かせる為に努力する。
そんなサインはひとつもなかったハズだ。
差別ではないが、男なのに男に抱かれる男には匂いがあるとゾロは思う。
それを欲している者ならすぐに嗅ぎつけられる匂いがあり、躰がサインを出している。
更に抱かれたがる男は他にもわざとゾロでもわかるような目線だったり、仕草なりのサイン出す。
そして抱かれる事を望まない男でさえ、拒否・警戒という形でサインを出すこともある。
サンジにはその一切を感じることは出来なかった。
ムリヤリにでも貪りつきたくなるような躰をしてるクセに、見かけ通りの完全なノンケだ。
情けない話だが見逃しただけということはないと確信出来るほど、俺は今までサンジを視ていた。
だからプレゼントとやらも当然サンジ自身ではなく何かの物なんだろう。
『すっげえHなもん』と言ってもそれがどの程度のものだというのだ。
そもそもチョッパーに言ったように買えるもので欲しいものなどないのだから、なんであれ俺が望むような物である筈がない。
ゾロはサンジ自身ではなく物だろうという至極真っ当な考えに至り、ちょっぴり残念という思いさえ湧き出てくる。
既に邪念に負けている。
だが敵はラブコックだ。
物だと侮っていたら昨夜の発言のように物凄いダメージを喰らうかもしれねえ。
例えば昨日纏っていたピンクのエプロンを裸のまま身につけて
「すっげえHだろ。テメエのもんにしたいのはエプロンとオレとどっちだ?それとも両方?」
などと聞かれたらダメージは計り知れない。
俺はサンジは勿論だがエプロンも確実にもらう。
それとも『すっげえHなもん』という言葉に当て嵌まるほどの物じゃないが、もしかしてバイブとかの小道具をくれんのか。
くだらねえ。
だが、皆で飲めや歌えの宴をする。
御馳走や酒が並んで隣りではとろけるような笑顔のサンジが酒を特別についでくれる大判振る舞いだ。
そして宴が終わる時にそっとサンジがリモコンを手渡してくる。
「これは俺達の幸せの扉になるリモコンスイッチだ。
このスイッチを押すと今オレの中に入っているバイブが動き出しちまうんだ。
テメエにプレゼントするが、なにがあっても絶対に押しちゃダメだからな。」
ガクッ。
手から錘を落とすことはなんとか避けたが、ゾロは片手で血を噴出した鼻を押さえ甲板に膝をついた。
ゾロは今まで自分がここまで想像力豊かだとはついぞ知らなかった。
しかも実は幼い頃に聞いた昔話、『金の斧・銀の斧』や『浦島太郎』の玉手箱を激しくアレンジしている。
「クッ。」
ゾロは鼻にティッシュを詰め直し、ギラッと空を睨む。
敵は鷹の目でもサンジでもない、己自身だ。
それは延々と繰り返される試練の時間となった。
既に日は昇り空には気持ちいいほどの青空が広がっていた。
「ゾ・・・・ゾロ、大丈夫か?」
いつもと違った様子で鍛錬するゾロにビクビクとしながらチョッパーが近づいてきた。
「チョッパーか。おう、問題ない。」
実は問題だらけだ。
「ゾロ!もしかして夕べからずっと鼻血が止まってないのか?!」
鋭い嗅覚で血の匂いに気づいたチョッパーは慌ててゾロに近寄る。
「そういうわけじゃねえ。大丈夫だ、チョッパー。」
何度も妄想が暴走したゆえの鼻血だ。
チョッパーはゾロを心配そうに見上げる。
「ゾロの大丈夫は極端過ぎてアテにならないからな。
血が止まらなかったらちゃんと言うんだぞ。」
「おう。」
「で、でなゾロ、誕生日おめでとう!!!
これ、オレからゾロに誕生日プレゼントだ。」
チョッパーはキラキラと瞳を輝かせてプレゼントを渡した。
「・・・・・・ありがとうよ、チョッパー。」
「これな。携帯用の血止め薬なんだ。
ゾロはひどいケガをする時がよくあるから必要だろう?
ジェル状なのは体温に溶けやすく、浸透しやすくしたからで、
でもチューブから出してみると実はクリームよりも粘度があって少量でもよくのびるんだぞ。
傷口がパックリ開いててもこれを塗れば、皮膚の上には違和感があまりない透明な膜が出来て
内部の傷には鎮静作用が浸透して応急処置に最適なんだ。
身体に害のないものばかりでオレが調合したから効果と安全性は保証するぞ。」
ゾロはチョッパーの心遣いを嬉しく感じ、邪念にまみれた自分を戒めた。
『ひゃはは。チョッパーじゃねえけど相手が喜ぶかも知れねえって思いながらプレゼント用意すんのは楽しいもんなんだぜ。』
そうだ。
それはチョッパーのように純粋な気持ちなんだろう。
チョッパーやあのクソコックは相手の為に行動し、相手が喜ぶだけで自分のことのように喜ぶ心を持っている。
他人の健康、他人の満足や喜び、それを導く為に決して折れない信念を持ってこの船に乗っている奴らだ。
「頼もしいな、ウチの船医は。
ありがとうよ、頼りにしてるぜ。」
ゾロはポンポンと帽子を叩いて微笑を返した。
無口な剣士にとってそれは最高の誉め言葉だ。
「よせやい、そ、そんなこと言われても嬉しくねえぞ、コンニャロー!」
パパンパンと踊りながらチョッパーは言葉を返す。
エッエッエッとチョッパーはゾロにプレゼントが喜ばれたことが嬉しくて言葉を紡ぐ。
「実はな、オレ一人じゃプレゼント何にすればいいか思いつかなくてサンジが知恵を貸してくれたんだ。
サンジがオレにしか出来ないプレゼントをすればいいって。」
「そういやそんな事言ってたな。」
「ゾロは流血沙汰が多すぎるから血止めの効果がある薬とか、
ハタチの男のたしなみとして交尾の時に相手への思いやりで用意するローションとかはどうだってアドバイスしてくれたから
手軽に携帯できるようにその両方に使えるやつを調合したんだ。
あ、そうだゾロ、鼻の粘膜にだって使えるから鼻血がまた出たらそれを塗ればいいぞ。」
ピキッとゾロが固まった。
「・・・・・誰がローションを勧めたって?」
物事を全て真正面から受け止めるゾロらしくもなく、聞き間違いであることを祈りながら問いかけた。
「誰って、サンジが男のたしなみで相手への思いやりだって言ってたぞ?」
男のたしなみ。男のたしなみ。男のたしなみ。男のたしなみ。男のたしなみ。
相手への思いやり。相手への思いやり。相手への思いやり。相手への思いやり。
・・・・随分、具体的だがテメエがその機会をくれんのか、ラブコック。
とっくに走り出していた妄想は燃料を与えられたかのように更に脳内で暴走し始める。
フラッと動き出したゾロは再び元の場所で錘を持ち直す。
「どうしたんだ、ゾロ?」
突然の行動の理由がチョッパーにはわからない。
「悪いが鍛錬を続けさせてもらうぞ。」
猛然と錘を振り始めるゾロにチョッパーは頷くしかなかった。
『いらねえ世話だけどよ、テメエも誕生日を楽しみにする気持ちをちっとは味わえよ。』
・・・・股間がもう楽しみどころの話で済むか保証はねえぞ、クソコック!
いやだが、サンジが男が初めてというならとことん快楽だけを与える必要があるだろう。
最初が肝心だ。
それでこそ次があるってもんだ。
ってそうじゃねえ!!!
沸き上がる思いを振り払う為に再開した鍛錬だったが、成果も虚しくゾロの脳内は再びサンジに振り回されていた。
「おはよう、航海士さん。」
「あ、ロビンおはよう。
ロビンも今から戻る所?」
「ええ、そうよ。」
麦わら海賊団の女性クルー2人は町の出入り口、港へと続く道で偶然行き会った。
話ながら船を目指すとこの島には小さいながらも遺跡や自然にとけ込んだその痕跡をあちこちで発見できるらしい。
ロビンは島に着くとルフィとはまた違った意味で人の住まない場所をよく探検しに行く。
この島は至って普通に見えるがロビンにとっては興味深いらしい。
そういえば町でナミも、土偶や何かだとバカにされていた遺跡が最近見直され、島のシンボルにしようという話があると聞いた。
「あちゃ。それならこんな滞在期間のなか日に集合かけて悪かったわね。」
「別に構わないわ。フフッ。
私、誕生日パーティーの為に集まるなんて初めてよ。」
その顔が本当に楽しそうに微笑んでいたので、ナミまで嬉しくなる。
「あら。」
「うわ。」
GM号の姿が見えてくるといきなり船尾に暑苦しいものが見えた。
船尾でゾロが錘をブンブンと素振りをしていつもの鍛錬をした。
重さが重さなので錘が上下する度にザパンザパンと海面が波打ち、
世にも珍しい光景に港で働く男達が立ち止まり感歎の声を上げながらゾロを見上げていた。
「なにやってんのよ、あのバカ!
停泊中は絶対するなって言ってあるのに!」
異常事態にあわててナミが船に向かって走り出す。
「フフフッ。」
本当に飽きないメンバーばかりが集まっている船だ。
ロビンは笑いながらその後を追った。
「アホかあっ!」
ナミの拳骨がゾロの頭に炸裂した。
だがそれにもめげずに珍しくゾロが口を開く。
「・・・・ナミ。見逃してくれ。」
どんな鍛錬をしたのか、ゾロらしくもなくその顔は随分消耗してるように見えた。
「バカッ。こんな港の中でそんな錘を振り回していいわけないでしょ!
目立ち過ぎてそのうち海軍が出てくるわよ。」
そう言われると鍛錬に執着するゾロもさすがにグウの音も出ない。
「あら、剣士さん。
珍しい訓練方法をしてたのね。」
「え?」
後ろからロビンに言われてよく見るとゾロは両方の鼻にティッシュらしきものを詰めて、口からフシューフシューと息をしている。
そんな状態であの錘を振り回していたのか。
切羽詰まった様子で鍛錬をしたがる理由がなんとなく透けて見えてナミは溜息をつく。
「まったく。
ロビンちょっと2人にしてくれる?」
「ええ、わかったわ。」
察しの良いロビンは理由も問わずに快く応じてくれた。
「?」
わけのわからないゾロが不審気にナミを見る。
「お誕生日おめでとう、ゾロ。情けないあんたにあたしからの誕生日プレゼントよ。」
クイクイと指で手招きナミが自分の高さまで顔を寄せるようにジャスチャーする。
「いや、いらねえ。」
ナミがプレゼントをタダでくれるとはとても思えず、ゾロは即座に断った。
「いいから耳貸しなさい!」
「イデッ。」
問答無用でゾロの耳をグイッと引っぱりムリヤリ内緒話の体勢になる。
「あのね、あたしはこの船の中にモノにしたい男がいるわよ。」
船尾にいるというのに打ち寄せる波音がスッと消えた気がした。
信じられないものを見る目でナミを見返す。
「もちろんあんたでもサンジ君のことでもないわよ。」
ナミはフフンと呆れたような勝ち誇った顔で言う。
「・・・・。」
一瞬前の空白が嘘のように波音が戻り、ゾロは肩から力を抜いた。
なんだ、今のは。
頭が状況を理解出来ず、ただ心臓だけがバクバクと早鐘のように鳴っていた。
尚もナミが耳元で喋る。
「あんた、バカね。
いっとくけど、あたしはこんな狭い船で恋愛してるわよ。
誰かが迷惑したってあたしが欲しい男はここにいるわ。
あたしにサンジ君を取られるのが我慢ならないくらいなクセに、仲間に手を出さないなんて宣言にしがみついてるあんたは目障りだわ。
想い過ぎて振り回されてる男がそんな約束する方がよっぽど生半可なのよ、このバカ剣士!」
最期に思いっきり耳元でバカ剣士と叫ばれた為しばらく耳がキーンとした。
約束自体が間違いだなんてゾロには思いつかない考え方だ。
耳が元に戻り、呆然とした状態を抜け出すと腹の内から笑いが込み上げてくる。
「ククッ。ハハハハッ!
確かにその通りだ、ナミ。」
そうだ、俺はサンジに惚れている。
フラれるにしろ、落とすにしろもう取り替えがきく程度の想いじゃねえ。
指摘されて尚信じられないが、ナミの言葉にサンジを取られると思って頭が凍りついた。
俺はもうあの女好きが女とくっつくことさえ嫌なのか。
この想いを切り捨てる前に、むしろラブコックを落とせばいい。
ナミは笑うゾロにニヤリと笑い返す。
「あら、随分素直ね。
てっきり野望以外のモノは持てないって言って、ビビって尻込みするかと思ったわ。」
それに応えてゾロもニヤリと笑う。
「船長とのつきあいが一番長いからじゃねえか?
俺もずいぶんと欲張りになっちまったらしいな。」
船長を強調すると案の定ナミはムッとした顔になった。
しばらく睨みあうが、まるで示しあわせたようにゴツンと拳骨を突き合わせる。
「たいしたプレゼントだな。」
「当たり前よ。乙女の秘密を教えてもらっておいてグダグダやってたら承知しないわよ。」
「おう。」
思いも寄らない所からエールをもらったもんだ。
脳内で繰り広げらえていた妄想がピタリとおさまった。
迷いが晴れ、パーティの終わりをまるで挑戦者のように待ち構える気分になる。
クソコック、誘惑するのも惑わすのもテメエじゃねえこの俺だ。
2004/12/10